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なにを血迷ったか、一年間世界一周にでることにしました。 飛行機はビジネスクラス。でも、住所不定無職。
クリスマスが近づく夜。
極寒のダブリンの街中は、それでもとても賑やかです。
2ユーロショップや、水2リットル0.3ユーロのスーパーなど、非常にリーズナブルな店から、豪華で高価なブティックから、美味しいレストランまで、よりどりみどり。
前回の記事で「観るべきモノがあまりない」と愚痴ったのですが、生活するには良さそうな街です。(ま、日本語が喋れるなら東京の方が数段便利だと思いますが)
そんなダブリン市内で、ひときわ目立つ綺麗で大きな建物は、たいてい銀行です。
観光資源に乏しく、人口が450万人程度しか居ないため国内需要だけでは絶望的。しかし、イギリス・フランスに近いという地の利、ユーロ加盟国で唯一英語を公用語としているという人の利を活かすために彼らがとったのが、法人税率15%というタックスヘイブン化です。
アイルランドに会社を作ればあまり税金が取られないため、アメリカのグローバル企業、特に物理的な場所にあまり影響を受けない金融業がバンバンダブリンに会社を作るわけです。
ちなみに、リーマン・ショック前、アイルランドにはアメリカ企業が600社以上あり、10万人の雇用を産んでいるという統計もあります。
2007年のデータでは、1人当たりのGDPも第5位です。
(ちなみに、日本は23位)
しかし、国民が金持ちになっていき、金融系の企業が増えてくると、どこの国でも必ず起こるのが、土地バブル。
私みたいな根無し草生活を目指す人間にはさっぱり共感できないのですが、世界中の多くの人はマイホームが欲しくてたまらないようです。
そして、マイホームを買う人が多くなると、土地が値上がりしますので、投資用に土地を買う人が増えます。そうすると土地の値段が値上がりしますので・・・以後無限ループ。
レストランのオヤジが言うには、ダブリンの中心部の土地は、2年前まで世界で一番高く、家一軒借りるのに月に1万ユーロ(当時のレートで160万円!)したそうです。
どんな家かはわからんし、そもそもオヤジの戯れ言なわけですが。
そして、バブルは必ず弾けるのも世の常であり、アメリカの土地バブル崩壊の余波によりアイルランドの土地バブルも崩壊しました。
街を歩いていると、小さな銀行がぼろぼろの廃墟となりかけているものに遭遇。
国は、自国の銀行を全て守ると言う無茶なことを言ってしまったがために、膨大な量の税金を銀行に突っ込むことになってしまったわけですが、実際には支店レベルでかなりひどいことになっているところもあったわけです。
そして、そんな風に税金が銀行に突っ込まれると、代わりに削減されるのが国民に支払われる社会保障(年金とか子ども手当とか)ががっつり削減されるわけです。
ギリシャやイタリアと違って、デモには遭遇しなかったのですが、デモへの参加を促す広告はたくさんありました。
EUやIMFは、俺たちの金を何百万ユーロもカットしようとしている!
ただ、このデモがどれくらい浸透しているかというと、少なくとも私が話した10人くらいのアイルランド人は参加の意思なしって感じでした。
「まあ、しばらくはダメだろうねえ。
給料が減っている人もたくさん居るから大変だけど、まあ何とかなるだろ。
でも、銀行はムカツク」
そんな感じのぼんやりした意見が多数。
たとえ経済破綻しても、人々の意識が劇的に変わるということもなさそうです。
同時に、冒頭に載せた街の写真のように、クリスマスが近づく街の風景も、不景気に沈んだ感もなく、みんな楽しそうに買い物や食事を楽しんでいる。
実は、経済破綻って、そんなに恐いモノではないんじゃないのか?
これが、私がダブリンの街を歩いて感じたことです。
最近twitterとかをみていると、
日本も、今の制度疲労を起こした社会システムを改善するためには、一度破綻させなきゃいけないんじゃないか
と、考えている人が増えている気がします。
そのためには、破綻したときにどんな影響が出るかを調べるのが必要なわけですが、少なくともアイルランドの首都の上っ面を見る限り、「なんとかなる」レベルであると思われるわけです。
が、こういうものの被害は、弱いところ弱いところに集まるわけで、私が一番ショックを受けたのは、ティーンネイジャーと思われる若者の浮浪者が複数散見されたことです。
首都の中心地にこれだけいるのだから、地方に行ったら・・・。
来るべき破綻の時に対する備えは、「金を持つこと」「社会的地位を持つこと」「国の中心に住むこと」
でも、多くの人がこれを求めるが故に、今のシステムがいつまでたっても改善されないというジレンマもあるわけです。
社会問題は、いつも面倒だ。
できたら、「自国以外でも仕事をして生きていけるようにしておくこと」が大切だと、心から思うクリスマスが近づく夜でした。
ちなみに、アイルランドでも、「外国語」が出来ると結構職があるみたいです。
日本語はリストに入ってないけどね・・・。
今回の旅では、なんとなく、今まで行ったことがないギリシャとポルトガルを多めに回ろうと考えていました。
とはいえ、24日(活動時間22日)で6ヶ国という無茶苦茶なスケジュールだったため、ポルトガルに滞在できる日数が一週間もないことに気付いたのは、ポルトガル行きの飛行機の中でした。
地球の歩き方ポルトガルを読みながらどこに行こうか目星をつけていたわけですが、空港から市内のバスの中でこの本をあっさりなくしてしまいました。。
ダブリンからの飛行機が一番安かったという理由だけでたどり着いた街は、南部のファーロという港町。
地球の歩き方ヨーロッパには、存在すら載っていないようなマイナーな街です。
この街には何もなさそうなので、とりあえずバス乗り場に行き、バスで4時間、町中まとめて世界遺産の街、エボラに行くことにしました。
決めた理由は、町の名前が「エボラ出血熱」っぽかったことです。
今調べたら、「エボラ出血熱」の名前は、ザイールのエボラ川から来ているそうですが。
この町の特徴は、旧市街がまるごと城壁に囲まれていること。
同様の町、クロアチアのドブロクニクに行ったときはたいそう感動したもんですが、ヨーロッパには似たような町が結構たくさんあります。
この町の一番高い大聖堂の上からあたりを見回すと、白と茶色の家々が密集して町を作っていることがわかります。
そして、その教会のすぐ隣に、ギリシャ正教の神殿跡が残っているのがちとシュールです。
そして、なぜかこの町にはシュールなアートが蔓延しており、
妙に可愛い兵隊さん
三つどもえの争いを続ける見にくい乳幼児
自分の現在の状況に気付いているそぶりが見えないジーザスクライスト
などなど、すっとぼけた状況が満載です。
なんか、町全体もこんな感じで、なんというか、平和。
朝ご飯食べようと思って、適当なレストランに入れば、マドレーヌとコーヒーと菓子パン頼んで、たったの2ユーロだし、
この町の名物であるコルクで作られた財布を買ったが、いざ使おうとすると1万円札がギリギリアウト気味だし
(まあ、ユーロ紙幣の方が日本円より小さいんだけどね)
なんか、いろんなモノが微妙にずれているわけです。
大航海時代では先陣を切って世界征服を目指し、日本に火縄銃からマドレーヌまで、いろんなものをもたらしてくれたポルトガル。
それが、今となっては、ヨーロッパの西の果てに、スペインに間借りしているような、借り暮らし国家。
ギリシャとおなじで、元世界最先端、現ただの田舎モンという素敵な状況に安住している感を感じます。
アイルランドと比べると気候も温暖であり、身を切るような寒さは全然感じない。(ホテルに暖房がなくて、夜はえらいこっちゃ寒かったけど)
町を歩いても、危険なそぶりはまったくない。
レストランのおやぢも気さくに話しかけてくれる。(英語は通じないことが多いけど)
ヨーロッパの田舎のなかの地方都市は、経済破綻ウォッチャーみたいなことをしている私のすさんだ心とは遠く離れたところにある、のんびりとたおやかなところでした。
夜、町をうろうろしていると、その大聖堂に人が次々と入っていきます。
あまりにも入っていく人が多いので、私もついて行ってみると、そこには、ぎっしり満員の町民の姿が。
そして始まったのが、聖歌のコンサート。
楽しそうに、それでいて真面目に聴いているおっさんやおばさんやじいさんやばあさんを見ていると、こういう人が「経済」とかに振り回されないで生きていける世の中になればいいのになあなんてことを思ってしまいます。
まあ、日本の政治家も、田舎のじいさんばあさんを見て、同じような事を思って政権運営しているから、現在の様な惨事に陥っちゃったわけですが。
都会の様子ばっかりを見ていると大切な何かを失うけど、田舎の大切な何かを守ろうと頑張りすぎると、都会も田舎も支えている超大切な何かが崩壊する。
バランス良く、いろいろなことを見ていくのが大切。
そんな事を思う、ポルトガルでした。
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海外を旅行していて思うのが、天気予報が当たらないということ。
一年のほとんどが晴れているカルフォルニアのLAやベイエリアやサハラ砂漠はともかく、雨が降ったらやだなーと思うような観光地に行く前は、やっぱり見てしまう天気予報。
しかし、これがまた全然当たらないわけです。
ポルトガルでも、一日中雨と言われてかなりブルーになりながら向かったシントラという町。
綺麗な町を見下ろすように山の上に古城があるという、非常にドラクエチックな風景なのですが、雨はギリ降りませんでした。(突風で飛ばされそうになったけど)
ちなみに、この町のレストランで観たテレビで「本日、リスボン市内で警官隊がストライキを起こしています!」という衝撃のニュースを観て、「あああああ!リスボンに居れば良かった!!」と、思ったのですが、レストランのおやぢは、「リスボンは泥棒が多いから、しばらくこの町に泊まっておけ」とかいってきて、かなり呑気です。
さらに、翌日、リスボンのレストランでテレビを観てたら、このシントラの町の山へ向かうバスが谷底に落っこちたというニュースが。「あぶねええええええ。」
世の中何があるのか分かったもんじゃありません。
さて、話は変わって翌日。
今度はリスボン市内をうろうろする日です。
天気予報は「晴れ時々雨」
なんというか、微妙な天気です。
朝、部屋を出るとくもりー。なんで、近所のレストランで11時から始まるポルトガル料理食べ放題までうろうろしていると、あっという間に凄まじい雨!!
この写真、景色が霞んでいるのは、霧のせいでも、大気汚染のせいでもなく、雨です。
折りたたみ傘が負けそうな雨。ホテルのシャワーよりも勢いがいい雨。
逃げるようにレストランに入り、ポルトガル料理を堪能して外に出ると、
晴れてるー
まるで、南国のスコールのような天気。
真冬のポルトガルでもこんなことが起こるとは、意外です。
そして、リスボン名物、王宮からの美しい町の風景!
虹まででちゃって、最高です!
が、賢明な視聴者の方なら見逃さないでしょう。左側に黒い雲が忍び寄っていることを。
5分後。
またも、土砂降り。
雨の粒のひとつひとつが写真で確認出来るほどの、大粒の雨。
野良クジャクさんも、窓辺で雨宿りしているので、
私も喫茶店でのんびりと雨宿りです。
30分後。
晴れたー!
一度の土砂降りならスコール(または夕立)なのですが、2度繰り返すとは・・・さすが、晴れのち雨。
ちゅか、こんなに豪快な「晴れ時々雨」は初めてだ。
すぶぬれのテラスは、まるで雨期のウユニ塩湖のように美しく青空を反射しており、特に行く当てもなくうろうろしているもりぞおさんのすさんだ心に潤いを与えてくれます。
と、おもったら、1時間後、また雨・・・。
この、雨→晴れのコンボは、夜更けまで、合計4回も繰り返され、ポルトガルの「晴れ時々雨」」の恐ろしさを痛いほど堪能したわけです。
レストランのおやぢとの会話
「なんで、リスボンはこんなに雨が降ったり晴れたり忙しいんだ?」
「人がのんびりしてるから、天気くらいは忙しいんじゃないの?」
うるせーよ!
分かってるんなら、さっさと料理を持ってこい!
ポルトガル編の途中ですが、いきなりギリシャに話が戻ります。
と、いうのも、個人的にギリシャ最高の観光スポットと思っているメテオラなのですが、
天空の城、メテオラ 断崖絶壁の岩山の頂上に修道院を建設するという狂気
日本ではさっぱりメジャーではないらしく、日本語の情報があまりありません。
旅行記のくせに旅行に役立つことがほとんど書いてないことでおなじみのこのblogですが、ガラパゴス諸島の情報や、ドジャースタジアムへのバスの情報など、ごくまれに書く、詳しめな旅行情報はご好評いただいています。
そこで、今回、このメテオラについて、旅行情報を書いてみようと思います。
メテオラに行こうとしている人は参考にしてください。
行く予定が全然ない人も、イマジネーションを駆使して、旅行している気分になってみてください。
なお、情報は、2010年12月現在のモノです。
メテオラの最寄りの駅は、カランバカです。
ATHINA08:50→KALAMPAKA13:13 という便が一番早い便でした。ちなみに、ギリシャらしく電車は遅れまくりです。私が着いたのはだいたい15時くらいでした。
カランバカの町は、徒歩で20分くらい歩くと町外れに着くくらいの小さな町。
(画像をクリックすると拡大します。ちゃんと見るときは、地球の歩き方を買おう!)
レストランやらスーパーやらは一通りそろっており、ホテルもたくさんあります。
私は、駅を降りて正面側の、メインストリートではなく、線路を渡った逆側のゲストハウスモナスティリという宿に泊まりました。(地球の歩き方に載っています)
主人と奥さんが滅茶苦茶優しく、水とかもタダでくれる。
部屋も滅茶苦茶綺麗だし、風呂場まで暖房がはいるという至れり尽くせりっぷり。
冬場だったので40ユーロで泊まれました。
町の中心部からはちと離れますが、踏切を渡ってすぐの所からレストラン街が始まるので、夕食食うにも5分くらい歩けばいいため、まあ問題ありません。
このカランバカの町からメテオラの修道院群に行くのには4つの方法があります。
まず、修道院群がどのようになっているかを説明すると、下の地図のように、けっこう散っています。
地図の道は全て綺麗に舗装された車道で、車道沿いに修道院があります。
場所によっては、車道沿いに駐車場がありそのまま修道院に入ることが出来るし、場所によっては階段をたくさん登る必要があります。
また、各修道院の距離は、バイクで5-10分くらい。歩くと15-30分はかかると思います。(もっとか?)
で、行き方ですが
その1 トレッキングルートを登る
カランバカの町を駅から岩山に向かって右前に進んでいくと町外れにトレッキングルートがあります。
きちんと整備された山道を登りながら30分くらい行くと、アギア・トリアダ修道院に出ます。そこからは、舗装された道路が続いているので、アギオス・ステファノス修道院までは歩いて行けます。残りの修道院も根性があれば歩いて行けますが、どれくらいかかるかはちょっとわからない。
その2バスで行く
バスは、1日4便しかなく、冬場は便が少なくなるようです。(地球の歩き方には冬期運休と書いてあるのですが、宿のオヤジは朝の便はあると言ってました。訂正!冬期はバスがないという現地情報を頂きました!でも、詳しいことはわかりません。ごめんなさい)
たどり着くのは、町からメガロ・メテオロン教会。この周りには3つくらい修道院があるので、バスで往復するのなら、この3つを見て回るのがいいと思います。
その3バイクで行く
カランバカの町に一件だけ、レンタバイク屋があります。
博物館の側なので、宿のオヤジか町の人に聞けばだいたい分かります。
1日18ユーロ。バイクで行けば、道なりに進んでいくだけで教会を見つけられるのでらくちんです。道も全て舗装された綺麗な山道だし。
私は、9時出発で、一通り教会をみて、地元観光客と飯とか食って、カランバカに帰ってきたのが14時くらいでした。
ちなみに、借りるとき、普通に国際免許証をチェックされます。
その4タクシーチャーター
宿のオヤジは、「普通はタクシーチャーターだ」と言ってました。
1時間20ユーロくらいかかるらしいので、1人だと辛そう。4人だったらまあ悪くないですね。
で、実際どれで行くべきかというと、金があるならタクシー、国際免許証があるならバイクがお勧めです。
そして、そのどちらもないときは、1と2の合わせ技でしょうか。
アテネから1泊2日でメテオラ行くのなら、
初日は到着して、ホテルを決めてからすぐにトレッキングルートに行って、2つの教会をみて帰ってくる。
二日目は、バスでメガロ・メテオオロン修道院に行ってその周りの修道院を徒歩で回ってバスor徒歩で帰ってくる。
カランバカ→アテネの最終便は17:30頃なので余裕です。(アテネ着は22時過ぎますが)
ちなみに、カランバカ→アテネは、直行もありますが、パレオファルサロスってところで乗り換える場合があるので注意。また、途中で一部車両が切り離される場合もあるので、きちんと車掌に聞いてから乗ることが大切です。
正直、修道院の内部はたいしたもんじゃないのですが、その建物からみる不可思議な風景は一見の価値ありです。また、ルサヌー修道院から東にバイクで5分くらい行ったところにある展望台も素晴らしい!
アテネに行ったら、是非2,3日時間をとってメテオラに行くことをお勧めします。
可能であれば、国際免許証を持って!
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ヨーロッパの西の果て、ポルトガル。その首都リスボン。
この町の風物詩は、サンフランシスコとおなじ、ケーブルカーです。
町の各地に路面電車が走っているのですが、そのうちで中央駅すぐ側のケーブルカーがこれ。
写真で見れば普通なのですが、始発から終点まで5分もかかりません。
っていうか、歩いても数分で登れる坂を一日中往復している路面電車。
明らかに、地下鉄大江戸線のエスカレーターの方が効率的なわけですが、それでも運転手をはりつけて、ひたすらに往復するこの国は、おしなべて洗練されていない雰囲気が漂います。
町の雰囲気は一見華やかなのですが、
店に出ている看板は、田舎のシャッター商店街さながら。
田舎らしく、ヤンキーもたくさんいるみたいなのですが、
このコメントは、深い意味がありそうで、実際は全くない気がしてなりません。
個人的に気になったのはこの会社。
日本でも、iPhoneをアイフォーンと表記しなくてはならないように、ポルトガルもiPadをiPaadとか表現しなくてはならないのでしょうか?
まあ、街の一部だけみてバカにしてもしょうがないので、雨の中いやいやリスボンの中心部。ポルトガルのシャンゼリゼ通りと言われる場所まで行ってきました。
確かにブランドショップ、発見!
写真の女性は、頭にヒョウ柄の帽子をかぶっていますが、きっとこれがポルトガル最新ファッションなんでしょう。
大阪のおばちゃんやないでー。
まあ、その向こうに見えるデブのとおちゃんに肩車されるガキとかは、郊外のベットタウンの祝日という感じで、大変微笑ましくてナイスです。
こんな感じで、ポルトガルのシャンゼリゼ通り、高級店が建ち並ぶエリアも少しはあるのですが、通り沿いに100mも歩くと、
やっぱりシャッター商店街に。
雨も降ってるし、暗くなってくるし、やる気ねえよと思いながら、閑散としたショッピングモールの地下に行くと、ヨーロッパでは見慣れぬ文字が。
一体なぜ、日本食屋にこんな名前を・・・。
アイルランドでDVDショップに行ったときに、キタノコーナーを発見したくらい、
キタノ映画でヤクザが知名度あるのは分かるのですが。。
店構えも、看板が白と黒のモノトーンなこと以外は普通だし。。
ものすごく入ってみたかったのですが、残念ながら定休日でした。
そして、ポルトガルで発見して一番感動したモノ。
我が師西原さんが、いつもゴルゴ13についてバカにしている、「旧ソ連のおばちゃんしかしていない乳バンド」
これを、ついにポルトガルで発見!
ここは、旧ソ連なのか!?
そんな感じで、とにかく洗練されていないポルトガル。
次回、洗練されまくっているスペイン編に続きます!
おまけ
世の中に「欧風カレー」という言葉を(主にカレーマルシェのパッケージにて)見ますが、ヨーロッパでインド料理屋以外でカレーを見たことがありませんでした。
が、ポルトガル料理屋でついに発見!カレーwithライス!
味は、ふぬけたカレーライスにパクチーを乗っけた感じでした。
「これはジャパニーズスタイルか?」って聞いたら、「うちのオリジナルだ!」って言い張っていました。
どうやら、ここも欧風カレーの起源ではなかったようだ。。
夜行列車を降りるとそこは、洗練された都会でした。
リスボンからマドリッドまで、夜行列車で12時間。
マドリッドに降り立ったのは12月23日(天皇誕生日)。
この旅行中、ヨーロッパ各地で50回くらいWham!のLast Xmasを聴いたのでそろそろだとは思っていましたが、街はすっかりクリスマスです。
マドリッドの中心部、グランビア通りには巨大な青いクリスマスツリー。
ついでに、青い光を発しながら走る、謎の2階建てバス。
スペインの街並みは、美しく、そして他の国とちょっと違っていて素敵です。
それぞれの通りごとに違った形のイルミネーションが施してあり、
こんな奇抜で、美しい通りなんかがあちこちにあるわけです。
日本でも、表参道などに大規模なイルミネーションがありますが、スペインのように街全体が統一感を持って、それでいて通りごとに個性を出してというような、ダイナミックかつ繊細なイルミネーションは見たことがありません。
まさに、洗練された都会。
市民が集う広場は、UFOが大量発生した様な賑やかさで、
独立広場は、重厚な威厳を携えています。
こんな街なので、日本食レストランの名前も「YAKUZA」なんて酷いモノではなく、広告も洗練されています。
そんな、素晴らしすぎるマドリッドの街に似つかわしくない広告を発見しました。
ピンクの外観。
明らかにろくでもない食い方(しかも浴衣)でラーメン食っているガキ。
そして、Oishiiの文字。
なんなのだ・・・これは・・・。
私は、世界一周中、特に南米では飯が基本不味かったので、日本食レストランを見つけるとたまにに入店していました。
しかし、ヨーロッパでは行く国行く国それぞれに個性的かつ感動的に飯が旨いため、日本食の事なんてすっかり忘れていました。
割高で、日本で食うより不味いモノを食べても仕方がない・・・のですが、さすがにこの奇妙なインパクトを携えた広告を観ると、行ってみたくなってしまいます。
泊まっているホテルから徒歩2分だし。
店内に入って驚いたのは、お洒落なこと。
白がベースの店内に、オレンジ色の文字。
まるで、mixiのデフォルトの色のような内装です。(ちなみに、mixiはその暖色的なデザインによって、女性ユーザーを引き込んだと言われています)
Sushi and Ramen Restrantであり、ラーメンを注文して、待っている間に寿司をつまむのスタイル。
が、この店の雰囲気をお洒落かつ近未来的にしているのは、寿司が回っているところ。
日本伝統の回転寿司に必須である、ベルトコンベアがないのです。
回っている動画を見ると分かるとおり、白い廊下を音もなく滑っていく寿司たちの姿はエレガント。
なにがどうなっているのだ?
って、タネを明かせば簡単で、鉄のついた皿を下から磁石でくっつけて動かしているだけなんですけどね。皿を取るときちょっと力を入れなきゃ取れないのが玉にキズ。
お値段は、ラーメンが8ユーロくらい、寿司が1皿1-5ユーロくらいとちょいお高め。
お味は、柔らかい麺好きの国民性(スパゲティも柔らかかった)ゆえか、やわやわの麺がちょっとアレですがスープは普通に旨い。寿司もまあ、普通に旨い。
そして、店内には日本人はほとんどおらず、スペイン人を中心に、いろんな国の人が器用に(ところにより不器用に)箸を使いながら、楽しくラーメン&寿司パーティーしてました。
海外の日本レストランは、日本のエキゾチックさを全面に押し出していることが多く、ゲイシャ、キモノ、ニンジャ、フジヤマなどなど、漫画に書いてある日本全開の、謎の状況になっていることが多いのですが、スペイン人が料理すると、日本にある回転寿司よりも洗練されてしまうわけです。
スペイン人、恐るべし。
ただし、失業率は日本の4倍の20%。
やっぱり、スペイン人、恐るべし。
120年以上建築し続けている建物 サグラダ・ファミリア 内側は美しく、裏側はスペインらしいズンドコの嵐
スペイン・バルセロナ最強の観光名所が、サグラダ・ファミリア教会。
バルセロナ市のシンボルであり、建築家ガウディの未完のライフワークであり、死語も建造が続けられ、永久に完成されることはないと言われている恐るべき建築物です。
2007年にバルセロナに行ったときに観たサグラダ・ファミリアの中はただの工事現場でした。
バルセロナの曲線的な建物
金払って工事現場見るって、どーよ?
と、思っていましたが、その工事の進捗のなさから、スペイン人をバカにして、こんなんだから失業率が20%超えるんだよ、バーカ。みたいなことを言えればいいやと思って、地下鉄サグラダ・ファミリア駅に向かいました。
駅前にそびえ立つ巨大な教会。
その中に一歩足を踏み入れると、そこは美しすぎる教会でした。
主に、ヨーロッパや南米で有名なモノから無名のモノまで、数限りなく見てきた教会。
しかし、このサグラダ・ファミリアの美しさは、そのどれとも違うものです。
厳かではなく、カラフルなステンドグラス
同じくカラフルでありながら上品さを残している柱
そして、狂ったように作り込まれている彫刻。
教会だということを思い出させてくれる、神々しい光
そのどれをとってもオリジナリティにあふれており、世界でひとつだけの教会というにふさわしい、素晴らしい教会です。
ぐるりと回った動画をみると、そのでかさと美しさを感じられるかもしれません。
なぜ、こんなにまでサグラダ・ファミリア教会の建造が進んだのか?
調べてみると、大変興味深いことがたくさん出てきました。
この、サグラダ・ファミリア。駅から徒歩1分の大変便利なところにあるわけですが、この地下鉄だけではなく、特急用の線路もこの真下を通っています。
バルセロナ市が、この特急の線路を引こうとしたとき、一部の市民たちは、「我々のシンボル、サグラダ・ファミリアの下に地下鉄を引くなんてとんでもない!地盤沈下したらどうするんだ!」ということで、大反対運動を起こしたようです。
バルセロナ市がこの反対運動に対して回答するために、過去の書類を調べてみて分かったのは、
「サグラダ・ファミリアは、市に建築許可を得ていない違法建築だった」
ということでした。
1882年に着工して、120年以上も違法建築を作り続けていたとは・・・。そのあまりの法律の軽さにめまいを覚えます。
結局、サグラダ・ファミリア特別法を作って建築は認められ、地盤強化対策をしてトンネルは掘られたようです。
なぜ、サグラダ・ファミリアは特別なのか。なぜそんな工事が出来たのか。そして、なぜ、こんなに劇的に工事が進んだのか。
その一番現実的な答えは、金です。
2000年代に入り、サグラダファミリアは年間200万人以上の観光客を集めるようになり、スペインで一番観光客が集まるスポットとなりました。
同時に、スペインの土地バブルにより、寄付金の額も大きく増え、
こんなに金を生む建物を違法建築にしちゃ、あかん!
地下トンネルなんて、金突っ込んで補強工事すればええんや!
ついでに、人も大量に突っ込んでガンガン工事させてまえ!
と、金の力が全てを好転させてくれたわけです。
そんな有意義に使われる金をお伏せするために、私は追加料金を払ってエレベーターに乗って上の方にいくことにしました。
こえええええ
なにせ、この教会は、こんな亀くんが支えているのです。
ガンバレ、亀くん!
そして、この亀くんと仲良く売店に並んでいたのが、私がスペインで唯一買ったおみやげ、サグラダくんです。
まさか、こんなところでゆるキャラがくるとは・・。
あらゆるモノを無理矢理キャラクター化する才能は、日本人のみが持つ特殊技能ではなかったのか…。
そんなわけで、青空にはえる、美しい工事現場サグラダ・ファミリアと、サグラダくん。
金銭的にヤバイ状況になりつつあるスペイン政府は、このペースで完成に向かって勧めていくことが出来るのでしょうか?
完成予定は、2026年。
それでも、あと15年以上…。
歩いていて一番楽しくなる街は、バルセロナである。
先日、Facebookのアプリで、行ったことのある都市を適当にマークた結果、
さて、3週間強に渡るヨーロッパ破綻国めぐりも最終日。
当時、大雪の影響で大混乱に陥っていたパリ、シャルルドゴール空港からの大韓航空に乗るために立ち寄ったパリ。
午後6時頃のフライトのため、朝から気合いを入れて歩けばおフランス観光は問題なし!と、いうことで、ノートルダム→ルーブル→コンコルド広場→シャンゼリゼ通り→凱旋門→エッフェル塔という、典型的なパリ観光地めぐりを、しっかり事前にメトロの地図まで調べて回ってみました。
その中でも圧倒的だったのが、ルーブル美術館。
このためだけにパリに来てもいいんじゃないかってくらいの凄さです。
ダビンチコード的にすげえ重要建造物であるピラミッド。
これは、ルーブルの中から午前10時頃とった写真ですが、大変な行列が出来ています。
ちなみに、地下はこんな風になっていて、
地下鉄駅と直結。
午前9時の開館前に行くとすんなり入れるので、ムリをしてでも朝一で行くことをおすすめします。
中に入ると、かの有名なサモトラケのニケだー!
ミロのビーナスだー!
ちゅか、もう、美術館の建物自体が美術品じゃね?
というくらい、どこを観てもありあまるゴージャス。
さすが、世界一の美術館と圧倒されるわけです。
こんなふうに、ミーハー的にはしゃいでしまうものがゴロゴロと転がっているわけですが、それぞれの美術品はガラスなどで守られることもなく、普通に壁にはってあり、写真も撮り放題。
別に客のレベルが高いわけでもなく、こんな風な
ど素人の巣窟。
このおおらかさが大物の貫禄というモノなのでしょうか?実際、世界じゅうどこに行っても、たいしたことない美術館ほど写真撮影にうるさいんだよな。特に、今破壊されている、カイロの倉庫みたいな博物館。
ただし、一個だけ厳重に警備されているのが、モナリザ
変なアメリカ人の考古学者が夜中に潜入して盗んでいったからでしょうか?
この様な絵画や彫刻だけではなく、歴史的な遺産もこの美術館にはたくさんあります。
例えば、エジプトのバカな神様、ベス。
この様な突起物が折れずに残っているのを、カイロやルクソールの美術館で観たことがありません。
ルクソールの美術館で観た、比較的綺麗な像でもこんな感じ。
ルーブルのコレみたいな、
宝石がきちんと残っているものがこの世に現存していたとは・・。
本家のエジプトよりも保存状態のいい物がルーブルにある理由。
まずは、金でしょう。
貧乏なエジからバンバン買い上げる事によって、ルーブルには素晴らしい美術品が集まる。そして、素晴らしい美術品を求めて世界中から人が集まり入場料を落としていく。その金でさらなる美術品が。。
こうやって言うと、世界中の搾取の問題になってくるわけですが、いいこともあります。金のあるルーブルに置いておくことで、最高の保存状態を保つことができ、さらに世界最高峰の技術で修復がされるのです。
ルーブルに飾られている壁画と、
ルクソールの美術館に飾られている壁画
を見れば一目瞭然。
美術品にとっても、この方が幸せなのか。。トイ・ストーリー2のプロスペクターじいさんと同じ苦悩を抱えてしまいます。
現実問題、カイロ博物館にあったら、今回の暴動でバンバカ破壊されていただろうし・・・。
3時間早足で回っても半分くらいしか観れなかったという恐るべき規模のルーブル。
そこからしばらく歩くと、コンコルド広場があります。
そこにそびえ立つ見事なオベリスク。
これは、エジプトから強奪(フランス的にはプレゼントされた)してきたもの。
ルクソール神殿神殿には、もう一本と、へし折られた台座が悲しそうにたたずんでいます。
ただ、ルクソールのオベリスクが、ぼろぼろの汚い柱と化しているのをみると、
パリに来て綺麗に塗装された方が良かったのかな・・・という気もしなくはない。
物事の善悪なんて一意に決められるものではないし、人ではないモノの感情なんて考えても仕方がないわけですが、やはり釈然としないものが残るルーブル美術館なわけです。
とりあえず、シャンゼリゼ通りでは、ファラオが寒そうにしてました・・。
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